契約魔法使い(3)










暗い室内には、甘い香りが漂っていた。

町を見下ろす丘の上に立つ、石積の古城の一室。

年老いた城主が身を横たえている部屋には、ひっきり無く襲って来る死の苦痛から彼を遠ざける為に、一日中、麻薬の香が焚かれていた。

広い寝台に埋もれた老人は、火を点ければ燃えそうなほど小さく干乾びていたが、落ち窪んだ目蓋の下の目は異様な光を放って見開かれていた。

その目が動いて、寝台の傍らに立つ男の影を見詰める。

「魔法師が、見つかった・・・か」

「下町のちんぴらが、はぐれの魔法師を捕らえたと言って来た。
本物かどうかは明日、検分する予定だ。」

「は、早う、しろ・・・! 余は、もう直ぐ、死んでしまう!」

「大金を払うのだろう。俺も信用第一の商売だ。偽者を掴ませる訳には行かない」

「・・・・。」

「取り敢えず、明日までは生きている事だ」

可笑しそうに”手配屋のヘザー”は、笑った。



老城主は十人の妻を持ち、三十人の子供とそれ以上の数の孫を持っていたが、老いて病を得てからも跡継ぎを決めようとはせず、領主で有り続けようとした。

子供や、その母親達は当然、彼の退位を望んでいたが、その矢先に嫡子が何者かに暗殺されるという事件が起きた。

しかし、次男と三男までが事故や原因不明の病によって続け様に落命するに至り、彼らは恐ろしい事に気が付いた。

老城主の退位に異を唱えているのは唯一人、当の城主である事に。

彼は今となっては、百人近い家族の誰をも、自らに近付けようとはしなかった。

家族さえ、自分の地位を狙っている敵でしかないのだ。

だが、病は彼の気力を凌駕する力でもって老体を蝕み続け、死は避けられない物になりつつあった。

家族もそれを見越してか、沈黙して、時が至るのを待っているようだった。

このまま、死にたくない!

老城主は、金を出せば何でもするような裏世界の人間を使って、死を避ける方法を探すようになった。

そして、昔から伝えられてきた、ある言い伝えに辿り着いたのだ。

「魔法師の血肉を我が物にするならば。血を浴びて、その肉を喰ろうたなら、彼らの持つ”不老不死”の力が身に移るというのだからな」

魔法師達は皆、歳を取らず、長命だと言われていた。

ヘザー自身は言い伝えなど本気で信じている訳では無かったが、依頼主の希望である。

何しろ報酬が大きかった。
不死の方法を見つけ、それを手に入れたのなら、全財産の半分を与えると約束したのだ。

「魔法師の血肉を…我に、与えよ・・・」

「御意。」

ヘザーは応えて、城主の部屋を退出した。

曲がりなりにも一人前の魔法師を殺して食わせるなど、出来ると思う者もおらぬだろうが、彼の自由になる麻薬を使えば可能と思われた。

たとえどんな力を持っていようと、意識を奪ってしまえば抵抗など出来まい。

魔法師を売買するにあたって、これ以上の取引先は無かった。







魔法師というものは契約に応じて派遣される者以外は、自分達の国から出る事は無いと言われている。

その契約には、膨大な金が支払われた。

魔法師を安く手に入れられるなら喜んで金を出す国も多かろうが、契約していない魔法師を働かせるなど出来はすまい。

彼らの仲間意識は強く、魔法師は全てが彼らの国によって管理され、守られている。

彼の国に取って”契約魔法使い”は、外貨を得る為の貴重な”輸出品”でもあったのだ。

契約外の魔法師が居れば、それはすぐさま本国の知る処となろう。

隠し遂せる訳は無かった。

何処かで魔法師の力を持つ子供が生まれれば、その力の片鱗が現れもせぬ内に、彼らが迎えに来るからだ。

だから、魔法師を喰らう為に手に入れようとする、あの老人からの依頼は渡しに船だった。

食ってしまえば、後腐れなど無いからだ。









「ここに、寝ておくれね」

エメはハロルドの寝台を整えながら、赤毛の魔法師に声を掛けた。

シーツに埃がかかっていたので洗濯済の物に替えようとしたが、広げて見れば穴が開いている。

「ち、ちょっと、シーツが古いんだけど・・・!」

上掛けでバサバサと隠して、何とか格好を付けた。

部屋には寝台が二つしかなかったし、寝台の代わりになる家具も無かったので、サーザはハロルドと一緒に寝る事になった。

大の男が二人で寝るには如何にも手狭だったが、野宿という訳にも行くまい。

「寝巻きは・・・少し、小さかったかな?」

着替えて来たサーザを見て、エメは思わず吹き出した。

灰色をした薄手の寝巻きは、背が高く体格も良い魔法師には丈も幅も足りなかったようで、腕や足が不恰好に袖や裾から飛び出してしまっている。

「うん、でもまあ・・・大丈夫だよ」

袖を引っ張って腕を隠そうとしながら、サーザは笑った。

傍らのテーブルからそれを見ていたハロルドが「嫌な奴だなー!」と、文句を言う。

こう体格の差が歴然としては、男として面白く無いのだ。

「そのガタイで、一緒に寝るのかよ」と、つい、文句を追加する。

「済まない。私は床でも良いのだけれど」

「いや、客人を床に寝かせる訳にゃ行かないからな。寝台を使ってくれ。構わねぇ。」

「あたいのを使っても良いよ、あたいが床で寝るし。」

困って口を挟んで来たエメの提案は、男二人がすぐに「駄目だ!」と却下した。

「床なんぞに寝たら、虫に刺されるぞ!」

「そのくらいなら、私が床に寝よう!」

結局、ぶつぶつ言いながらも、ハロルドはサーザと同じ寝床に入る事になった。



全員が寝静まった夜半過ぎ、眠っているサーザの鼻先に羽虫の様な物が現れ、飛び回り始めた。

羽虫はチラチラと小さく光りながら一頻り周りを飛んでいたが、サーザが全く目を覚まさないのに諦めたのか、やがてその姿は何処とも無く消え去った。














「サーザを、見つけたのですか?」

白い手を伸ばして、ハルシオンは指先に舞い降りて来た光のような物に話し掛けた。

点滅が、応えるように繰り返される。

「見つけたってか?」

近くに火を焚いて座っていたシッサスが、何かと会話をしているハルシオンに尋ねた。

夜風を避ける為に林の中で一夜を過ごす事にしたのだが、風に乗った海鳴りが、かなり近くに聞こえていた。

林を出た所が切り立った崖になっていて、昼間ならそこから内海が望める筈の場所だった。

振り向いたハルシオンは典雅な眉を顰めながら火の側に戻り、シッサスの向い側に腰を降ろした。

「分からない・・・サーザかもしれないが、はっきりしないのだ。」

「本当に、はっきりしないのな」

「聞こえない者のように、見えない者のように、返って来る物が無いのだ。だが、多分、そうだと思う。
私と同じ血を感じたと、言っていたからな」

「お前の呼びかけにも応えないとは、やはり、何かあったか」

「取り敢えず、無事は確認した」

ハルシオンは少し、ホッとしたように笑みを浮かべた。

周りを飛び回っていた小さな光も安心したのか白い魔法師の側を離れ、闇の中に飛び去って行く。

「有難うございました」

ハルシオンは去って行く光に向かって、丁寧に礼を述べた。

点滅で応えるそれは夜の森に良く居る妖精の一種で、たまたま会った魔法師に力を貸してくれたものだった。

魔法師達の”魔法”と呼ばれる力の殆んどは、自然界に無数に存在している精霊や妖精などから分け与えられているものだと知る者は少ない。

彼らが契約した国を守る為の力も、精霊の力に依存している所が多いのだが、魔法師達は精霊を使役している訳では無かった。

精霊達が魔法師に力を貸すのは、彼らが自分達の声を聞き、会話する事の出来る稀有な存在である為、生まれながらにその能力を持った人間であるが故だった。

言ってみれば、精霊達は、彼らの願いや要請に”好意”で応えてくれているのだ。

もちろん、魔法師個人に付いている精霊も存在した。

彼らは気紛れで、常時、魔法師の側に居る訳では無かったが、要請があれば何処からでも”愛する人”の元へ集まって来る。

そういう精霊を沢山持っている魔法師ほど、強い力を持つという事だった。

「居場所の見当が付いたのなら、明日、さっそく訪ねて見よう」

「無論だ」

ハルシオンは頷くと、マントの端をしっかりと閉じ合わせ、樫の杖を抱くようにして目を閉じた。

座った姿勢のまま、あっという間に眠りに落ちる。

「おい、もう寝たのか?
・・・全く、ちょっとした特技だよな、
何処ででもすぐ眠れるんだから。」

シッサスは呆れ顔で相棒を見遣り、大きな枝を火に放り込んだ後、火精に番を頼んで自らも眠りに就いた。











<続く>






  

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