契約魔法使い(5)







サーザの杖と記憶を封じた玉の捜索をシッサスに任せて、二人の魔法師はハロルドと共に町へ戻った。

思った通りハロルドの部屋にはヘザーからの脅迫状が投げ込まれていた。

目を通していたハルシオンが、読み終えた手紙をハロルドに手渡す。

「彼女と引き換えにサーザの身柄を要求している・・・とりあえず、一人で来いとは書いてありませんね。」

「オークン城だと?!」

手紙に目を通したハロルドは指定されている場所を見て、声を上げた。

「この地方の領主、スーラの居城です。
確か高齢で、病身の王・・・おそらく、下らない迷信を真に受けたのでしょうね。愚かな事を・・・。」

「要求は、私ですか・・・」

サーザは、白衣の魔法師の隣に立った。

ハルシオンと名乗ったこの青年はサーザより頭半分ほど背が低く、ほっそりとした身体つきをしていた。

優しく美しい外見だが、何時の間にかその存在感でもってこの場を仕切り始めている辺り、只者では無さそうだ。

不思議な事に、突然現れた人に訳も分からず叱責を受けたという状態なのに、サーザには反発する気持ちは微塵も湧いて来なかった。

何だか、従って当たり前という気がする。

酷く懐かしい気もしていたから、
良く知った人なのかもしれない。







しかし、今はそれを話している暇は無かった。

「行きます。」

「・・・騙されていたのに、ですか?」

「いいえ、」と、サーザは笑った。

「私が、エメを好きなのです。だから、助けたい。
彼女が示してくれた好意を、私は疑っていません。」

真面目に答えるサーザに、ハルシオンは花のように微笑み、
愛情のこもった仕草で頬を撫でた。

「分かりました、行きましょう。」

どぎまぎしているサーザを促し、ハルシオンは扉を開いた。

オークン城へ向かう為に・・・。














オークン城のスーラ王居室。



薄暗い寝台の上から、老領主は手配屋をしわ枯れた声でなじっていた。

「魔法師を、捕らえて来ぬのか・・・!」

「分かっているとも」

うんざりした様子で覆面の男は言葉を返し、縛って床に転がしていた娘の紐を掴んで、引き摺り起こした。

乱暴な扱いに娘が悲鳴を上げる。

「痛い!何すんだい!」

「静かにしろ!
お前は、あの魔法師を誘き出す”餌”になるのだ。
仲間が現れたのは不味かったが、魔法師の血肉を手に入れるにはまだ、手段がある。
スーラ王、肉は我慢してくれ。血だけなら、この女と引き換えに出来るだろう。」

「余は、血肉と、言うたぞ・・・!」

「無理を言うなよ。魔法師相手にやばい橋を渡ろうと云う奴が他に居ると言うのなら、そっちに頼むがいいさ。」

「・・・・・・契約通りの報酬は、出さぬぞ・・・!」

「それは構わん、半額で手を打とう」

「・・・そんな事、させないよっ!」

エメは抵抗しようと暴れたが、酷く叩かれて黙らせられた。

縛られた体を無理やり引き立てられて髪を掴まれ、顔を上げさせられる。

悔しさのあまり涙ぐむエメの顔を間近に覗き込んで、ヘザーは囁いた。

「ただの枕探しが何を言う。先に、あの魔法師を騙して売ろうとしていたのは、お前達だろう?今更、奇麗事を言う立場か!」

ヘザーはせせら笑うと、エメの乳房を鷲掴んだ。

痛みと恐ろしさで、エメが泣き声を上げるのを楽しむように嬲り続ける。

「お前など、こんな扱いを受けて当然の女だという事を忘れるなよ!」

「いやっ!嫌!離して!・・・兄さん、サーザ!!」

やっと男の手から開放されたエメは、床に倒れて泣きじゃくった。

こんな風になって、やっと気が付いた。

自分は、サーザを好きになっていたのだ。

違う世界の人だと分かっていたのに、普通の女の子を扱うように接してくれたのが、嬉しくて。

本当に、嬉しくて。

「女を地下室に連れて行け、閉じ込めておくのだ!」

ぐったりしたエメは、抵抗する力も無くして引き摺られて行く。

その頬を、涙だけが濡らし続けていた。










サーザとハルシオン、ハロルドの三人がオークン城に着いた時、日没を迎えた城は闇に包まれつつあった。

オークン城は、石造りの砦のような無骨な外観で、窓などは最低限の数しか設けられていない、華やかな印象など一つも見られない城だった。

僅かに漏れる光は見えるが、主の命が残り少ないという状況の為か、人気を感じられない程に静まり返っている。

城を囲む高い壁にある城門は、しっかりと閉じられていた。

「呼び出しておいて、何シカトしてんだよ!畜生!」

怒ったハロルドが門を叩くが、何の反応も返って来ない。

「城門の上に・・・」と、ハルシオンが指を上げて示すのに、二人は門の上に目を向けた。

高い門の上に黒い影が立っているのが、辛うじて見分けられる。

手配屋のヘザーであった。

「ヘザー!妹を返せ!汚ねぇぞ!!」

ハロルドが喚いたが、手配屋はそれを完全に無視した。

彼が交渉すべきは、魔法師の方だけだったからだ。

「女は無事に返してやろう。しかし、只では、渡せんな。」

「何が、望みです?」

「命をくれとは言わん。お前達、魔法師が、少しずつ血を俺に分けてくれればいい。」

「・・・私達の血肉を得たとて、不老不死になど、なれはしませんよ?」

ハルシオンの言葉に、ヘザーは小さく笑った。

「それは重々承知。
俺は、約束の物を依頼主に渡したいだけだ。
言っておくが、俺をどうにかしようとか、下手な考えは持たぬ方がいい。
女は、お前達の手の届かない所に閉じ込めてある。
俺に何か有れば、仲間が女を殺すぞ。」

「!?」

ヘザーの言葉に、サーザとハロルドはハルシオンの方を顧みた。

「どうやらその通りのようです。
私に付いている精霊達では、彼女の居場所を特定する事が出来ない・・・。
結界の上に、火の気が全く無い場所なんでしょう。
 せめて、シッサスが居たら・・・。」

ハルシオンが言い掛けた時、上空から聞き覚えのある声が降って来た。

「頼りになる男、”風のシッサス”参上!」

驚いて振り仰ぐと、シッサスが黒い鳥のように空から降りて来るのが見えた。

ふわりとマントを翼のように広げて着地した魔法師は、その手に二つの杖を携えている。

「・・・遅かったではないか。」

ハルシオンの非難めいた物言いに、黒衣の魔法師は顔を顰めてみせた。

「あの鰐野郎、すぐ見つかるような事を言ってたくせに、地中に隠してやがって手こずった。
風霊に運んでもらって急いで来たのに、それは無いだろう?」

「それより杖を。 サーザなら、
何とか出来るかも知れぬからな。」

「俺を頼ってくれない訳?」

「お前の風霊も、疲れているだろう?無理は出来ぬ筈だ。」

それは、そうだけどね。と、シッサスは肩を竦めながら、手に持っていた杖をサーザに投げ渡した。
同時に、水晶球のような物を投げ上げる。

「サーザ!これを杖で叩き割れ!」

咄嗟にサーザは、受け取った杖で水晶球を打った。

一見強固そうに見えた球はただ一撃で脆くも崩れ、小さな破片を光らせながら、辺りに飛び散る。

その破片のきらきら光る様を見ている内に、サーザの脳裏にある風景が浮かび上がって来た。










ここよりずっと北に位置する山岳地帯。

その天突く山々に囲まれて、大きな湖があった。

深山連なる地形故に、容易く人が近付けないようになっているこの湖の、満々と水を湛えた湖面の真上、見上げる中空に、存在しているあまりにも巨大な影・・・。

日差しを遮って、ゆっくりと回転しているそれは、円錐形を二つ、底を合わせてくっ付けたような形をした岩の塊のような物だった。

本来なら空に浮かぶなど有り得ないシロモノだ。

しかし、サーザの目には、常にその周りを包むように巡っている精霊達の姿が見えていた。

一つの山程もある上部の円錐には、急な斜面にぎっしりと隙間無く建物が立ち並んで、都市を形作っている。

その中心にあるのは、頂上に位置する”魔法師庁”の塔だ。

どの建物も、限られた土地を有効に使う為、三階建て以上の高層建築で、一軒当たりの敷地は猫の額程しかない。

いきおい塔の様な外見にならざるを得ず、それを空中に架けられた回廊や階段が縦横無尽に繋げているので、まるで全体が一つの建築物のように見えていた。

大小様々な尖塔には色とりどりの旗が掲げられ、それが風になびいている様は異様であり、美しくもあった。

対して下部の円錐は何も無い岩の塊のように見えたが、地肌の下にも地下の施設があるのをサーザは知っていた。

それこそが魔法師達の故国。

空に浮かぶ要塞、”アーリイルの山”であった。





その名前の通り、元は山岳地帯の中の一つの山でしかなかった”アーリイル”が浮遊する要塞国家になったのは、今から五百年ほど前。

当時の魔法師達が能力故に差別され、搾取され続けていた頃、その苦難の歴史を一人の偉大な魔法師と、彼を守護した戦士が終わらせたのだと、伝説は伝えている。

魔法師は強大な力で山を持ち上げ、散り散りだった仲間を呼び寄せて、国を作ったのだと。

下の湖は、山が持ち上がった時の窪みに水が溜まって出来た物と言われている。

戦士の名前に由来して”灰湖”と呼ばれているこの湖は、五百年経った後にも”アーリイル”を守り続けているのだと・・・。







それと同時に、サーザは今回の旅の目的を思い出した。




二十歳になり、自分の道を選択する権利が出来た時、彼が希望したのは、外界へ出る”契約魔法使い”になる事だった。

契約先に決まった”エライア”へ旅立つ前日、魔法師長に出立の挨拶に行ったのだ。

何故、エメの黒髪や黒い瞳が懐かしかったのか、サーザはやっと得心した。

現・魔法師長で、魔法師達の母と慕われている”アロイシャス”は、エメと同じ漆黒の豊かな髪と、黒曜石の瞳を持った、少女の姿をしていたのだ。
(彼女がサーザの初恋の相手だった事はまた別の話)






「やっと、思い出したようですね?」

「・・・・申し訳、ございませんでした・・・!」

平身低頭するサーザに、美貌の魔法師は微笑んだ。

「それは良いのです。では、自分の力も分かったでしょう。
どうやって、娘さんを助ければ良いのかも」

「・・・・はい!」

サーザは塞がっていた自分の本当の目を見開き、辺りを見回した。

世界が、今まで見ていた物と一変していた。

肉の目で見ていた時は分からなかったけれど、腕を組んで立つシッサスの周りに透明な何かが纏い付いているのが見える。

彼に従っている風霊達だった。

ハルシオンの体も光る火精に包まれて、輪郭がぼやけて見えている。

そして自分の周りにも、柔らかな霧の様なものが集まって来ていた。




喜びの感情が伝わって来る。

「呼ばれなくなって、寂しかったのですよ。」

ハルシオンの言葉に頷く。

失くしていたものを、やっと取り戻した。

夜明けの空気の中で自分を呼び続けていたのは、
彼らだったのだ。












<次回、第一話最終回>







 

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