噂の真相(2)







「分かってる!何も言うな・・・お前が幸せなら・・・
俺たちは身を引こう・・・・。」

身を引くのは構わない、構わないが・・・問題は、彼らがリオが相手によって清い身では無くなっていると思い込んでいる事だった。





冗談ではない!





「邪推するなっ!俺達は何も・・・・!」

「いやいや・・・隠さなくていい。」

「だからな〜〜!」

「そんなに恥らう事はないぞ?」

「・・・俺の話を聞けーーっ!!」

リオの必死の否定に耳も貸さず、男達は帰り始めた。

「今日は飲もうなー」とか、「泣くなよ」などと、慰め合いながら。

後には呆然としたリオンと、帰らなかったバインだけが残った。








「・・・・・・。」

リオは溜息を付いて、その場を去ろうとした。

バインに言い訳をする必要は感じなかったし、そんな気力も残っていなかったのだ。

「待ってくれ!」と呼び止めたのは、バインの方だった。

「何だ」

ウンザリして振り向いたリオは、真っ赤な顔をして自分を凝視しているバインに、嫌な予感を感じて後ずさった。

思い詰めた目をして、開いた距離を男が詰める。

これは不味い・・・という考えが頭を掠めた。

甘く見ていた訳では無いが、この手の野粗で単純な男を追い詰めると、何をするか分からないことを忘れていた。






「話が無いなら、行くぞ!」

さっさとトンズラしてしまおうと、踵を返す。

「リオっ!!」

「うわっ!」

走り出そうとした腕を捕まれて、リオはつんのめり掛けた。

体勢を立て直す間もなく、男の腕が後から巻き付いて来る。

「バイン!」



何だこの手は!




咎めようと振り向くとオスの目をしたバインの顔が間近にあって、リオをギョッとさせた。

特別醜い訳でもないのだが、好きでもない男から欲望にギラギラした目で見られたり、息を荒げたりされても気持ち悪いだけだ。

「離せ!」

「頼むっ!!」

バインは、リオを掻き抱いた。

汗ばんだ顔を項に擦り付けられる感触に、ゾッと鳥肌が立つ。

それに・・・視界の隅に、ちらちら見えるアレは・・・ナニなのでは・・・。

「一度でいい!一度で良いから、俺の物になってくれ!!」

「・・・ば、馬鹿を言うなっ!」

そんな事をされて堪るか・・・!






「知らない訳じゃないんだろう・・・?」

ムカッ。

リオは遂に切れた。

バッと身体を屈めてバインとの間に無理やり空間を作り、その距離を利用して思いっきり肘を相手の上体目がけて叩き込む。

「ゴアッ!!」

脇腹に入った肘鉄に堪らず緩んだ隙を見て、やっと腕から逃れ出た。

こういう場合、相手に立ち直る余裕を与えてはいけない。

「よくも、俺の肌に無断で触ったなああー!!」

よろめくバインの腹を目掛けて、リオの容赦無い後蹴りが炸裂。

男は見事に吹っ飛んだ。






「ぎゃああっ!!」


地面に叩き付けられたバインは悶絶して、やがて静かになった。

気絶しているのを確認して、息を付く。

かなり手酷くやってしまったような気がしないではないが、マウニンは元来頑強な作りだ。

この位では死んだりしないだろう。

「悪いな、俺のような小兵は手加減したら命取りなんでな。」

ぱたぱたと埃を払い、リオはのびているバインに聞こえないだろうが・・・と思いながら、話しかけた。

「お前、勘違いしてるぞ?俺は、そんなんじゃない。」

ま、分からない奴には分からないかも知れないがな・・・。

外見が女の様でも内面もそうだとは限らないというのが、理解出来ない奴も居るのだ。

ちょっと掠った傷が出来ている事に気が付いて、リオは自分の腕をペロリと舐めた。

そこである事を思いついて、ニヤリと笑みを浮かべる。

「あいつの所に行って、男に襲われたと泣き付いてみるか・・
何と言うか、楽しみだv。」

リオがウキウキと走り去ってしまった後、その場には気絶したまま放置された哀れなバインだけが残された。







この後、バインは再び性懲りも無く、今度はリオの相手に向かって攻撃を仕掛けたが、この時も怒ったリオに完膚無きまでに叩きのめされた。

遂には想い人に、「こいつに手を出したら殺す!」とまで言われて、
バインはとうとう、諦めざるを得なくなった。

この時、初めて気が付いたのだ。

自分の中にあったリオの面影が幻想であった事を。






少女のようなたおやかな外見の内には、大切な人を守ろうとする、
紛れも無い”男”の精神が宿っていたのだ。

未練は残っているけれど、どうしようも無い・・・・。

それにこれ以上、嫌われるのも嫌だった。

こうして。

バイン・バン・クシアの悲惨な初恋は、終わりを告げた。






やがて当の本人達が早々に訂正する事を諦めてしまった為、噂は事実として定着してしまい、わざわざ口にする者も居なくなった。

「まあ、いいさ。」と、リオは憮然とした相棒に言ったものだ。

「お前となら、そうなっても良いなーなんて、思ってるし」

「そういう事を言うから、誤解されるんだぞ。」

黒髪に漆黒の馬身を持ったアザー・リグ・オディンは、年上の美貌の義兄弟を見遣って、呆れた口調で言った。

「そうか?」

けろんとしたリオには、頓着する様子も無い。









噂は噂、事実とは違う。

でも、その何分か一にでも、真実が無いなんて誰が言えるだろう。

まあ、みんな、これからの話だけれどね・・・。

リオはニカッと笑って見せた。

「言いたい奴には、言わせとこうぜ。
俺がそんなじゃないって、お前が知ってれば充分なんだからさ。」

そう、二人は始まったばかりだった。









噂の真相など、何処にも無かったのだ。






今の所は。






<終わり>







(1998年11月29日制作・2004年10月13日UP)




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