噂の真相(1)













ちょっとだけボーイズラブ風味のコメディです。
半人半馬のマウニン(天馬族)には「義兄弟」を持つ風習がありまして、
”そういう仲”になるのも普通に認められているのでした。












出所は定かではなかったが、その噂はこういう内容だった。

--- リオが落ちた。

あのリオ・ル・イーが、一人の男の物になった、と ----。








この噂に衝撃を受けた者達の中に、バイン・バン・クシアという男がいた。

バインは成人して二の年が過ぎた若者で、リオとは同期だった。

初めて会ったのも、ソルディンに入った時である。

(マウーニの男は「兵役」みたいな物に就く事になっており、ソルディンは”兵舎”という意味。)

最初、広間に集まった少年達の間で彼を見た時は、てっきり少女が紛れ込んでいるかと思った。

歳若かった当時のリオは、今より更にというか、完全に女の子に見えたのだ。

直ぐに少年だと気が付いたが、際立った美貌に目が惹きつけられた。

白い体と金色に輝く馬身が薄暗い空間で光を放ち、精気に満ちた青い瞳は金の睫毛に縁取られて、真っ直ぐに前を見詰めている。

こんなに美しい男が居るものなのかと見とれている内に、バインは回りの少年達が同じようにチラチラと盗み見している事に気が付いた。

声を掛けたいと思いながら、あまりの美貌と何より漂う雰囲気が回りを拒絶しているように見えて、誰も声を掛けられずにいるのだ。







実のところ、リオはそんな風に注目を浴びるのには、すっかり慣れっこだった。

家では三人の姉達に紛れてそれほど目立たないが、(何しろ姉達は正真正銘の美女なのだ)こんな場所に単独で居ると、やたら人目を引くらしいと自覚している。

下手に愛想を良くすると、時々とんでもない目にも遭わされた。

世の中には、子供に不届きな事をしようとする変態も居たりするのだ。

いっそ女の子なら、そんな目に遭わずに済んだかもしれない。

国土の狭いマウーニでは、出生率は重要な問題だ。

正式な婚姻以外の出産は、全体のバランスを崩す。

たとえ子供であっても、女性に対する体的接触は厳しく制限されている。

痴漢行為などしようものなら、社会的に抹殺されかねないのだ。

しかし、少年に対してはその限りでは無かった。

何度かの不快な経験を経て、リオは警戒心が強くなった。






大勢の男の中に身を置くなど、リオには苦痛以外の何物でも無い。

義務だから仕方なく来たのだ。

そういう訳で、リオの機嫌は最悪だった。

無意識に回りを威嚇してしまうほど。

そこへフラフラと歩み寄って来たのが、バインだった。

「名前、何ていうんだ・・・?」

目の前にある少女のたおやかな顔が、一瞬で少年のそれに変わるのが見えて、その鮮やかさにバインは息を呑んだ。

「自分から名乗るのが、礼儀だろう!」

外見からは想像出来ないほどの気性の激しさで、言葉を叩きつけて来る。

綺麗な瞳に正面から見据えられて、一気に心拍数が跳ね上がった。

「バ、バインだ。バイン・バン・クシア・・・。」

勢いに圧倒されてしどろもどろになったバインに、相手も気が済んだらしかった。

苛烈な眼差しが僅かに和む。

「俺は、リオ・ル・イーだ。」

浮かんだ笑みが胸を射抜いて・・・。

それが、バイン・バン・クシアの”初恋”の始まりだった。








”一目惚れ”というものが本当に有るのだと知ったあの日から、
バインの日常はリオを中心にして回った。

怠け者だったのが、人が変わったように勤勉になった。

剣の練習にも、さぼらずに出た。

少しでも気を惹きたくて、あらゆる努力をしたが、それの殆んどが空振りに終わっていた。

決死の覚悟でした”義兄弟”の申し込みも、あっさりと断わられてしまう。

ただの同期、という以外の感情を、リオは持つ気がないようだった。

それでも、バインは諦める事が出来なかった。

その挙句に飛び込んで来たのが、この噂だった。

---- リオが遂に、義兄弟になる相手を選んだというのだ。













「子供だぞ!」と、噂を持って来た友人は嘆いた。

バインに限らず、同期の者達に取って、リオはちょっとしたアイドルだった。

成人して二の年、何人も言い寄る者が居たが、一度もなびく様子が無かったから、リオはもう義兄弟を持たないつもりなのだろうと誰もが思っていたのだ。

「・・・子供・・・。」

バインには、心当たりがあった。

以前、リオと一緒に居るのを見た事がある。

黒い馬身の子供だ。

滅多に愛想の良い顔など見せないリオが、親しげに連れ立って歩いているのを見た。

一人前の男の自分より、あんな子供がいいのか・・・!

俯いたバインに、友人が気の毒そうに慰めの言葉を掛けた。

「リオが決めたのなら、仕方ないさ」

それは分かっていた。

自分はリオと何の約束も交わせなかったのだから、怒る権利だって無いのだろう。

しかし、頭でそう考えてても、納得出来ないものは出来なかった。

胸に渦巻く嫉妬は、痛みさえ伴って、彼を居たたまれなくする。



直に話を聞かずには気が済まないと、勢い込んでリオのソルディンの部屋へ行くと、既に噂を聞き付けた男達が大勢集まっていた。

どうしようかと立ち止まってしまう辺り、バインも結構小心者である。

「あー!五月蝿い!他に迷惑になるだろう!」

その時、聞き覚えのある声と共に、当のリオが人垣を押しのけて出て来た。

近隣の部屋の住人が好奇心丸出しで見守っている中、目の前に突っ立っているバインに気が付くと、仕方無さそうに男達に向き直る。

「庭へ出ろ、皆。話はそれからだ!」










木陰に立ったリオは、回りを取り囲んだ男達の悲しげな顔を見回して溜息をついた。

「何だ何だ!葬式みたいに辛気臭い面を並べやがって!」

「そうは言ってもよ〜。リオォ〜。」

「お前、ガキと一緒になるっていうじゃないかー!」

「誰を選ぶかなんて、俺の自由だろう!」

リオはピシャリと言い切った。

正論なのは確かで、皆、沈黙するしか無い。

「理由を聞かせてくれよ!俺達は納得出来ないんだ!!」

食い下がられて、形の良い眉が寄せられた。

「俺が、あいつを選んだ理由を、か?」

うんうんと頷く男達に、、また溜息・・・。

何でそんな事を、ここで発表しなけりゃならんのだ!

「・・・・将来性を買った」

「・・・・しょうらいせい・・・?」

「断言するが、あいつは此処に居る誰よりもイイ男になるぞ!」

リオは晴れ晴れと自信に満ちた笑顔を見せた。

それが本当に幸せそうで、男達はガックリと肩を落とす。

こんなリオの表情を見るのは、初めてだったからだ。






「そんなに、好きなのか・・・」

バインの呟きに、リオは目を向けた。

この男が自分に一番執着していると、気が付かないでは無かった。

「まぁな。だから、他を探してくれよ。」

僅かに罪悪感を感じて言葉を和らげたリオだったが、次の瞬間、それを後悔する事になった。

バインは、言ったものである。

「もう・・・、あいつの物になったんだな・・・。」

「へっ?」

男達は涙に潤んだ目で、リオを見ていた。

違和感を感じたが、はっきりした形になる前に、男の一人が泣き崩れる。

「お前を、子供に寝取られるなんて〜っ!!」

「な、何!?ちょっと待てっ!!」

やっと行き違いに気が付いて、リオが叫んだ。

「何で、俺がっ!・・・あいつに”寝取られ”なくちゃならない!?」












 <続く>

(2004年9月29日UP)











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